コラム #3 ThermalOne誕生のストーリー
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研究者としての原点は,大学院時代に出会った恩師の論文でした。数式が並ぶその論文が,私自身が描いた設計図面よりも美しく感じられ,「このような論文を書きたい」という思いが,現在の研究の道へと進むきっかけとなりました。以来,伝熱理論・熱物質移動論・熱力学に基づく建築物理に専念し,「建物で起きる物理現象を理論で説明し,数理モデルとして厳密に表現し,コンピュータで解く」という研究姿勢を貫いてきました。
その積み重ねの中で生まれたのが,建築熱環境解析ソフト「THERB for HAM」です。建物躯体(壁・屋根・床など)では,熱と水分が相互に影響しながら移動しています。この「熱・水分連成移動」を,水分ポテンシャルという非平衡熱力学の概念を用いて精緻に数理モデル化し,さらに移流を含めて熱・水分・空気の複合移動として建築全体に展開した点が,THERBの核心です。
この研究成果「熱・水分・空気連成を考慮した建築の熱環境予測に関する一連の研究」により,2009年度日本建築学会賞(論文)を受賞しました。また,本ソフトは「住宅の品質確保の促進等に関する法律」(第53条第4項・年間暖冷房負荷計算方法)において,特別評価ソフトとして国土交通省の認定(認定番号141)を受けています。
THERBの大きな特徴は,建築物理に立脚した極めて高い再現性と汎用性にあります。例えば,以下のような機能を備えています。
THERBの主な機能
- 躯体を含む建築全体(多数室)の熱・水分・空気移動の連成解析(高精度HAMモデル)
- 温湿度およびPMVによる空調制御
- 対流による熱・水分伝達の時変性の考慮
- 無次元整理式に基づく部位ごとの熱・水分伝達率(自然・強制対流)の計算
- 内外表面における日照・日影の幾何学的解析
- Multi-layer window model(ガラス間の多重反射・吸収を考慮した日射透過)
- 室内表面における透過日射の多重反射・吸収
- 放射熱伝達の非線形性の考慮
- 室内表面間の長波放射熱授受
- Network airflow model(自然換気・強制換気)
- このように,THERBは非常に高精度な解析を可能とする一方で,その専門性の高さゆえに,主として研究用途で用いられてきました。
こうした背景から,このシミュレーション技術をより多くの設計者や研究者に活用していただきたいという思いが強くなり,新たに開発したのが「ThermalOne」です。ThermalOneでは,世界中の設計者に広く使用されているRhinoceros/Grasshopperを入力インターフェースとして採用し,さらに計算結果の可視化ソフト「THERB Viewer」を統合することで,建築モデルの作成からシミュレーションの実行,結果の分析・可視化までを一体的に行える環境を構築しました。
これにより,THERBが有する物理的な厳密さと解析精度を維持したまま,直感的な操作で高度なシミュレーションを実行できるようになり,専門家だけでなく,より幅広いユーザーに利用可能なツールへと進化しています。
なお,ThermalOneには使用目的に応じて機能の異なる「Standard」,「Professional」,「Premium」の3つのバージョンを用意しています。現時点(2026年6月)ではStandard版を公開していますが,今後,順次ほかのバージョンも公開していく予定です。
地球温暖化の進行に伴い,大気中の水蒸気量は増加し,結露や湿害のリスクは今後さらに深刻化すると考えられます。そのような時代においては,湿気まで含めた精緻な熱環境解析の重要性はますます高まります。ThermalOneが,快適で省エネルギーな建築の実現に少しでも貢献できれば幸いです。